神鉄粟生線をバス転換(BRT)路線維持もありなのでは

神鉄粟生線の問題。最近の報道でもファンクラブ会員数の伸び悩みや乗客の現状、設備の閉鎖や駅の休止などといったマイナスのベクトルは変わってないですね。
今回は将来に渡る路線維持を考えたときに、鉄道ではなくバスもありなのではということを考えてみようと思う。
神鉄粟生線の現状でいえば、鉄道としての存在がどんどん失われてきているように思う。生活にあってもなくてもないような状況になってきていることである。逆を言えば鉄道でなくても、バス環境を、停留所、定時制、歩道を整備すれば鉄道に代わることも可能なのではないだろうか。BRTなんていうのもある。
たとえば今の少子高齢化が20年30年と続いたとして粟生線が維持できるのかと問われるとかなり難しいのではないかと思う。でも鉄道というインフラ、ストラクチャーは1年2年という期間はもちろんのこと、10年先といった長い期間も見通すことも必要なんじゃないかと思う。では仮に10年20年たち今より利用者が減った時、自治体や政府の財源が今より厳しい状態で補助できるのだろうか。そう考えると思い切ってバスを見直すことも大切だと思う。なぜなら公共交通は鉄道だけではないのだから。バスといえども気仙沼線で運転されているBRTのよう従来とは格段に輸送力・定時制・利用者環境を改善した形態もあるわけで将来の路線維持の形態としての選択肢になりうるのではないかと思う。

鉄道として維持するには、少子高齢化、人口減少をどうにかしないことには路線の根本的な問題は解決されないだろう。鉄道だけでなく社会政策として取り組まないといけないだろう。

とまあ、鉄道ファンではあるのですが、今回は鉄道から少し離れた視点から考えを記してみました。
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