鍛冶屋線あと風景2-多可町(旧中町)内-

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鍛冶屋線跡風景1-西脇市内-


 西脇市内を出て路線は多可郡多可町(旧 中町)に入ります。沿線は田畑が広がりのどかな田舎の風景です。

多可町に入ります。と言っても特に変ることはないです。





曽我井駅跡です。最近まで写真中央の待避スペース左側に 鍛冶屋線乗車運動の看板がありました。





鍛冶屋線乗車運動の看板です。現在は駅跡近くの公園 に駅名板とともに立ててあります。





駅名板です。乗車運動の看板とともに立っていますが 以前は無かったのでどこからか持ってきて立てたようです。



 曽我井を出た線路は西北西に直線に1㎞ほど進み北に進路を変え中町市街地方面に進みます。


中村町駅跡です。クリックすると駅名板が出ます。駅跡はは線路跡の2車線道路と元駅前筋が国道へ延伸した道路の交差点となっています。 少し広くなっているので公園が整備され鍛冶屋線にちなんだモニュメントがあります。





駅前筋です。駅前だった頃の名残で小さな飲食店等があります。 駅前も鉄道という“主”をなくすとどこか抜け殻のようで侘びしさが漂います。





>→中村町駅を過ぎて暫くすると中町立中町中学校の東側で水と風の遊歩道となり、ややカーブを描いたのち杉原川橋梁を渡っていました。 鉄橋はそのまま遊歩道として利用されています。





鍛冶屋駅構内を望む。構内に向かって敷地が広がり機器箱が置いてあります。





鍛冶屋駅です。(クリックすると静態保存されているキハ30になります。) 今の駅舎は廃止後復元されたものです(たぶん)。中は公民館と鍛冶屋線の資料館となっていますが普段は閉じれています。保存されているキハ30系は69号です。なお、ホームは1両分当時のものが残されています。 軌道はこの先農業倉庫などに伸びていたようにも見えますが実際はわかりません。駅跡から再び2車線道路となった跡地は数百メートル先で丁字路となって終わっています。計画ではこの先杉原谷(旧 加美町杉原谷)まで 伸びる予定でしたが実際は建設されないまま廃止になりました。





番外
鍛冶屋駅に隣接してある神姫バスの停留所です。 現在は旧中町(現 多可町)が委託で運行している旧町内コミュニティバスと西脇市駅を結ぶ路線も運行されています。以前は朝1便だけ新大阪直通のバスがありました。

 これで鍛冶屋線巡りは終わりです。鉄道が無くなりバスとなっても結局のところ利用者の減少には歯止めが掛からず、バスも赤字を垂れ流しつつ補助金を受けやっと運転をしているのが現状です。 車社会で確かに自家用車は便利ですが一段と高齢化社会に入りつつある現在では将来にわたっての公共交通のあり方が問われているのではないでしょうか。交通のあり方、社会の構造、地域自治と様々に問題がありますが、 解決しなくては将来さらに大きな課題を残すのではないかと感じています。では、最後までありがとうございました。

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