西脇市内の加古川旧河道と旧第3加古川橋梁

西脇市総合福祉センター荻ケ瀬会館北側の川下神社に加古川旧河道埋立の石碑と解説板がありました。内容は昭和初期から戦後にかけての西脇市内の加古川付け替えと埋め立てについて。かつての加古川は下戸田のあたりから和布町の北側を通り、今の西脇市総合福祉センター付近で杉原川と合流していたそうです。そのかつての河道付近ですが、今でもその痕跡らしきものが残っていました。

加古川旧河道1

DSC_0220加古川旧河道2

南側の和布町から旧河道に入る部分には1mほどの段差があり用水路が流れています。福祉センターの横の道はぐねっと曲がって坂となっています。また杉原川の河川敷からかつての合流付近を見てみるとどこか不自然な堤防の曲がりがあります。加古川旧河道合流付近グーグル・マップで見るとわかりやすいです。旧河道と思われる部分の区画がほかと異なっています。グーグル・アースでみると更にわかりやすく、やや曲線を描いた一定の幅の帯が東西に伸びています。

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なお、この河川の付け替えにより当時既に西脇以北が開通していた後の加古川線となる播丹鉄道にも影響がありました。川の付け替えにより杉原川との合流地点が橋の位置あたりになったのです。説明板にも第3加古川橋梁が延長され、延長部分は橋が異なっているので確認できるとありました。ただ残念なことに橋が架け替えられてしまったので今では確認できない・・・架け替えられ前の橋を撮っていたのでした。確認してみると確かに橋桁が異なっていました。

加古川橋梁(4)小

旧第3加古川橋梁は13連の上路ガーター橋でしたが、杉原川よりはスパンがやや長い底の厚いタイプが5連、新西脇よりはスパンが短い底の薄いタイプが8連となっていました。どうやらこの違い、8連側が延長された部分のようです。こうしてみると現在の加古川の川幅が昔の幅よりかなり広いことが伺えます。ちなみに、今の河道は旧の旧河道だそうで昭和の付け替え時は田畑になっていたそうです。

付け替え前の西脇市街地は水はけが悪く度々洪水に見舞われていたそうです。広い今の川筋に移動させてからはだいぶマシになった。そのおかげで織物の街西脇が繁栄できたとも言えるだろう。もっとも災害は忘れた時に・・・というように2004年の台風23号では大変な被害を被ったし、昨年の台風18でも危険な状態になった。地域の歴史と土地を知ることで災害被害は小さく出来るし、町の繁栄にも少なからず寄与できるだろう。車では通りすぎてしまう石碑や解説板、説明板。歩いたり自転車で町を回って気づく町の歴史や先人の残した遺産に今一度目を向けてみたはいかがだろうか。

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